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華竜の宮 上田早夕里

『獣の奏者』×『攻殻機動隊』で舞台は『ウォーターワールド』

勝手にキャッチコピーを付けさせてもらえるなら 、こんな感じはどうだろう?


ディザスターフィルムやパニック映画を観ていて、劇中で世界各国の様子をチラッと順番に映すことによって(最初は逃げ惑う人々、ラストは人々の歓声)、これは地球規模の話である、と表現されることに少々ウンザリしている。

ストーリー展開が人類に対してちょっと都合良すぎるんじゃないか?

などと思っている人(わたし)や、すべてが終わったその後の物語を描く近未来SF、ディストピア、ポスト・アポカリプスものが好きな人には、上田早夕里の『華竜の宮』をおすすめしたい。

もう一つの生活空間としての海

大規模な海面上昇により、海の広さが白亜紀のころまで戻った25世紀。

海抜の低い場所は国ごと消滅し、世界の総人口も半分以下に激減するなかで、環境の激変に適応するためにとった人類の決断である、生命操作技術の容認

もちろん、そこには人間も含まれる。

そうして人類が新たに手にしたもう一つの生活空間が、広大な海である。

旧来の人類である陸上民と、人工的な種族である海上民

最先端の科学技術と、自給自足のライフスタイル。

陸上民の『パートナー』、アシスタント知性体

海上民の『朋』である魚舟

陸と海の対比がとても印象的。


物語のスケールはとてつもなく壮大なのだけど、世界中の主要都市が海に沈んでしまっている設定のせいか、話が広がり過ぎて収拾がつかなくなる、などということも無くとても読みやすい。


エリートコースを外れた外務省の公使、青澄・N・セイジ

大規模な魚舟船団を率いる、ツキソメ

海上民でありながら、陸の海上警備隊・隊長、ツェン・タイフォン


陸上で動く政治、陰謀。海上でくり広げられるアクション。

交渉と駆け引き。それぞれが正義と信念を貫く極上のエンタメ長編であり、SFにあまり詳しくない私にとっては、さまざまな分野の科学的な驚きに満ちた作品。

ラストのシーンも、余韻に浸れる素晴らしいものだった。



また、思考補助パートナーである人工知性体に関する細部にこだわった設定や、主人公である青澄のアシスタント知性体マキによる、【僕】の視点で語られるパートがとても魅力的。

僕は青澄の視覚情報を通して、毎朝、自分が自分自身に近づいていく映像を自分で目にする。これはちょっとスリリングな感覚だ。

僕のボディは専用ハンガーに吊るされ、ロックされている。電源がオフになったおもちゃみたいに。毎朝、こんなふうに自分のボディを外側から眺めるのは興味深い体験だ。

人間の感覚に詳しいアシスタント知性体ならば「それは人間で言うなら【幽体離脱】に似た感覚じゃないかね?」と軽口の一つでも叩くだろう。

第一章『交渉』より

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