理想と現実と自意識
流行作家という言葉を聞かなくなって久しい。
私も使わないし、この言葉自体にあまり良い印象を持っていなかったような気もする。
しかし、朝井リョウの『何者』を読んで、流行作家という言葉を使いたい(もちろんポジティブな意味で)気持ちになった。
時代の空気を読むのが上手い、というレベルをちょっと超えてしまっているのではないだろうか?
ある意味レッテルのような、流行作家という肩書を背負わされたとしても、予想以上、期待以上の作品を書いてくれる作家だと思う。
おそらく、何を書いたとしても、現在(いま)を見事に切り取ってしまうのでは?
これはもう感覚的なものであって、才能としか言いようがない。
そして、個人的にはむしろ積極的に流行を追って欲しいとさえ思い始めた。
そうすれば、食わず嫌いでハズレを引きたくないと思っている私も(器が小さい……。)、朝井リョウの小説を読むことで、新しい世界を知ることができる。
正直、手を出す気がなかった『チア男子!!』(ウォーターボーイズ?)と『武道館』(アイドル小説?)も、『何者』を読んだことによって、全て読んでみたいと思うようになった。
就職活動中の大学生たちを描いたこの小説には、まるで自分や友達のことが書かれているのではないか?と思わず唸ってしまうようなリアリティがある。
とにかく恥ずかしい、顔が赤くなる。胃がキリキリするような恐ろしい小説である。
ちなみに私は大学へは行ってない。そんな人間にも突き刺さってしまうのが、この小説の凄いところ。
『何者』というタイトルは、物語を読み終えた後に、テーマとしてもミステリー的な意味合いにおいても、パーフェクトなタイトルであったと深く納得。
それまでは必要なかった、自分は何者なのか?という問い。
何者にもなれないのでは?という不安。
そして、NANIMONOが吐き出す本音。
問題山積みのまま迎えたラストは、希望が持てるシンプルで力強いものであった。
もしかしたら、リアルタイムで高校時代に『桐島部活やめるってよ』を読み、大学時代に『何者』読んだという(私に言わせれば)プラチナ世代もいるのではないだろうか?
彼らにとって、朝井リョウは自分たちの作家、という認識があるのかもしれない。そして朝井リョウがこれからも現在を書き続けるのだとすれば……。なんて羨ましい。
しかしこの作家の凄いところは、たとえ時代が変わって、大学生の就職活動の在り方が変化したとしても、中身をそっくり今の自分の状況に置き換えることが可能であり、そこで冷や汗をかき、身悶えさせられ、おまけに希望をもらえる。
そんな普遍的なものを描いているところだと思う。