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コールドマウンテン チャールズ・フレイジャー

故郷への道を辿る物語と、そこで起きているもう一つの物語。

あらすじ紹介には至高のラブストーリーとあるけれど、『コールドマウンテン』はラブストーリーと呼ぶには、あまりにもヘビーな物語である。ロードノベルや山岳小説に近い雰囲気もあって、愛の物語と言わたら、まぁそうなんだけれども、なんと言うかとてもタフな小説である。

南北戦争

物語の舞台は、アメリカの歴史上もっとも多くの戦死者を出した南北戦争、その末期。

戦争が背景にあるけれど、この小説の中で直接的な戦争の描写はごくわずかである。

戦線から離脱した男、老人や女性。ジプシー、奴隷、そして不気味な存在感を放つ自警団。

戦地にいない人々の目を通して映し出される、熱に浮かされたような精神状態や、普通の人たちが普通ではいられなくなっていく様子。そんなところから、恐ろしい戦争の影響がじわじわと迫ってくる。

脱走兵の男

『コールドマウンテン』のひとつの物語は、重傷を負った南軍兵士の旅路。収容された病院から抜け出して無断離脱者、いわゆる脱走兵となった男、インマン。

彼の故郷であるコールドマウンテンへと向かうタフでハードボイルドな旅。

徒歩による500キロの道のりは過酷の一言に尽きる。突然襲われたり、騙されたりと散々な目にも合うが、ちょっとした親切に恵まれることもあったり。善人、悪人にかかわらず、多くの人間との出会い。そのバラエティーに富んだエピソードこそがこの小説の一番の読みどころであり、個人的に心に残ったものだった。

細やかな自然描写。何気ないけれど本当に美しい瞬間。

力強い生と、すぐそこにある死の影が物語の背景にある。

自給自足の生活

この小説のもう一つのストーリーラインは、コールドマウンテンの山間が舞台。場所こそ移動はしないが、こちらも旅と呼んでしまって良いくらいの、変化を巡る物語でもある。

最初は美しいということ以外にはイマイチ魅力を感じられないヒロイン、エイダ。

都会育ちで働くことの苦労を知らなかったエイダの成長物語。

父の急死と戦争の混乱により財産を失ったエイダ。生活力は皆無で、ひとり途方に暮れている。そんな時にルビーという少女と出会い、彼女の力を借りながら荒れ果てた農場の再生に乗り出す。

文学を愛し、絵を描くこととピアノを弾くことに喜びを感じていた令嬢が、いまやズボンをはいて土と格闘する。

土地を耕し種をまき収穫する日々の暮らしは、インマンの旅とはまた違ったタイプのタフさを有する。

必要なものは何でもコールドマウンテンで作れるし、育つし、見つかる。

そう宣言するルビーという登場人物は、きっとこの小説を読んだ多くの読者が好きにならずにはいられない、魅力的なキャラクターである。

お金やそれでものを買うという行為を不信の目で見る、この若き皮肉屋は、文字の読み書きができないながらも、自然や動植物についての豊富な知識を持っている。現実的な生活の知恵と、コールドマウンテンでたくましく生き抜いてきた経験があり、個人的な哲学がある。

コツコツと自分の仕事を片付けていけば、何事もどうにかなる。

そんな地に足の着いたメッセージ。

エイダとルビー、この二人の友情とも師弟関係ともつかぬ微妙なバランスの関係は、読んでいてとても楽しい。

そしてコールドマウンテンへ

壮大なスケールでありながら、小説の構造としてはごくシンプル。インマンの旅の話と、エイダの自給自足の話が交互に続き、やがて交差する二つのストーリー。

エイダのほうは成長物語という読み方ができるが、インマンのほうは再生や回復といった言葉が当てはまるのかもしれない。現代であればはっきりとPTSD(心的外傷後ストレス障害)だと断言できるほどの心の傷。

魂が引き裂かれてしまった男は、果たして正気を取り戻すことができるのか。


残念ながら現在は絶版のようです。

図書館や古書店でみかけたらぜひ。

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