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64 ロクヨン 横山秀夫

ロクヨン=昭和64年1月5日に起きた「翔子ちゃん誘拐殺人事件」を表す、捜査関係者の間で使わる符丁。

重厚な人間ドラマと緻密で骨太なストーリー。

ずっと目の前にあった伏線と、鳥肌ものの急展開。そして驚愕の結末。

気に入った小説を再読することはよくあるけれど、読み終えた(しかも徹夜で)その瞬間から、すぐに2回目を読みたくなってしまう小説なんて、滅多にないと思う。



昭和と平成の隙間、昭和天皇の崩御によってわずか1週間で幕を閉じた昭和64年。

本件は平成元年の事件に非ず。必ずや犯人を昭和六十四年に引きずり戻す。

事件発生から14年。いまだ未解決のロクヨンをはじめとして、大小さまざまなミステリーが展開し、その真相が次々と明かされていく。

しかも階段を上っていくかのように、そのスケールもどんどん大きくなっていく。そして何一つ期待を裏切らない。

読み進めていくことによってのみ得られるタイプの驚きや発見があるのも魅力。

例えば、警察庁長官によるロクヨンの視察がなぜ爆弾と言われるのか?これは組織内のパワーバランス、政治的な思惑、警務部と刑事部の関係など。これらを理解したうえでの驚きである。

それは、私のような警察小説=事件を捜査する刑事、という考えがある人間には、勉強したことがそのままテストに出たような快感がある。

同時に、怒涛としか言いようのない終盤は、読者が小説を読んで理解してきたことが、そのままミスリード(もちろんフェアである)的な効果をもたらし、衝撃度が何倍にも増しているような気がする。

すべての警察官が事件の捜査をしているわけではない

ロクヨンという事件の謎と真相に、ぐいぐいと引っぱられるようにイッキ読みした1回目と違い、2回目を読んだ時には、主人公である三上の広報官としてのドラマに注目して、じっくりと時間をかけて読んだ。

警務部への突然の移動。刑事から広報官になった三上の目を通して見えてくるもの。大多数の警察官は捜査とは無縁の仕事をしているという事実と、そこにある物語。

重大な未解決事件の捜査をしなくても、ここまで読ませることができるのか!と、あらためて横山秀夫の力量に驚かされる。

家庭問題と刑事への未練を抱えた一人の男。

刑事部からは裏切り者のスパイ扱いを受け、記者からは「隠蔽だ!」と罵声を浴びせられ、上司からは「記者など飼い馴らせ」と、まさに中間管理職のサラリーマンのような立場。

会見ボイコットと、匿名報道をめぐる記者たちとの掛け合いは、『64(ロクヨン)』という小説における、もうひとつのクライマックスと言っても過言ではないほど感動的なシーンであった。



個人的には、この小説に登場する二渡(D県警シリーズ『陰の季節』の主人公)のように、広報官としての三上が今後の横山秀夫作品の中で、脇役として再び登場したらとても嬉しい。

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