動機、覚悟、決断、そのすべてが驚愕。
サラエボで核爆弾が炸裂した日、世界は変わった。
ヒロシマの神話は終わりを告げた。
どういう意味かというと、世界の軍事関係者が薄々気づいていながら決しておくびにも出さなかったある事実を、おおっぴらにしてもいい、ということ。
つまりそれは、核兵器は「使える」ということだ。
【第四部より】
アメリカ合衆国、情報軍大尉クラヴィス・シェパード。
任務には暗殺も含まれる、情報軍特殊検索i分遣隊に所属。
プライベートでの母の死をきっかけに、自分と自分が属する世界に違和感を持つようになっていく。
特殊部隊の軍人にしては、いささか繊細すぎるのではないか?という印象を持ってしまったけれど……。
しかし、この主人公がタフでマッチョな男だったら、あの衝撃のエピローグはなかったはず。
たとえ内省的な人間であっても、戦闘前のカウンセリングと脳医学的処置によって、任務と感情と倫理を、器用に切り離すことが可能になっている。そんな近未来が舞台。
よくよく考えてみると、この小説の中の最先端テクノロジーは、実現したとしても嬉しくないものが多い。
そう感じてしまうのは、目的と使用方法のせいだろうか?
例えば、戦闘中に痛みを知覚することは必要だが、痛みそのものは感じる必要はないという、痛覚マスキングという技術。
これが病院で患者に対して使われているのであれば、全く抵抗はないはず。
もともと、暗号解読のために生まれ、弾道計算によって向上したとされるコンピューター。
やはり悪しき目的の方が、より大きな力を発揮するということなのか?
小説の中で、遺伝子操作によって淡水に適応したイルカと鯨がヴィクトリア湖で養殖されているのだが、その理由を読んで思わず「おい、おい!」と声が出てしまった……。
希望が持てるとは言い難い、なかなか恐ろしい近未来を描いているけれど、皮肉とユーモアが効いていて、繊細でダークな魅力がある。
現実味のあるSF的ガジェット、政治、軍事の専門用語などもさりげなく解説されていて、その手の話しがあまり得意ではない私も楽しむことができた。
広い範囲の知識を、読者に親切な形でストーリーに落とし込む。エンターテインメントとして文句なしの小説である。
アメリカ政府が血眼で探すアメリカ人。単独で世界中をまわり、行く先々で内戦と虐殺を引き起こしているとされる謎の人物、ジョン・ポールと名乗る男。
主人公たちが追い続けている、最重要の標的。
あまりにも個人的な、ジョン・ポールの動機と、クラヴィスによる驚愕の決断。
アメリカ人が読んだら、いったいどんな感想を持つのか気になるところである。