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サラバ! 西加奈子

本の厚さが嬉しくなる長編小説

事前にあらすじ紹介やレビュー(たまにネタバレ)を読み過ぎて、楽しむことができなかった小説や、あまりにも期待し過ぎたせいで、実際に読んで少しガッカリしてしまった小説など。

どちらかというと、作者よりも読者(わたし)のせいで、きちんと向き合えなかった小説というものが、少なからず存在する。

そういった意味で、西加奈子の『サラバ!』は期待よりも不安のほうが大きかった小説である。

高い評価、絶賛の声、そして直木賞の受賞。さらに決定的だったのは、ある小説のことが引き合いに出されていたこと。

実際に『サラバ!』の中にも登場し、文章の引用もされていた小説。

それは、私のオールタイムベストの一冊である、ジョン・アーヴィングの『ホテル・ニューハンプシャー』という長編小説。

これはどう考えても減点方式になってしまい、物語を楽しむことができないのではないか?

そんな心配もあって、なかなか本書に手を伸ばすことができずにいたけれど 、結論から言うと『サラバ!』は、読んで良かったと言わねばならない。いや、もっと早く読めばよかった……。登場人物の人生が一冊になったような素晴らしい小説であった。

誰もが主人公であり、そして脇役でもある。

歩(あゆむ)という名の主人公が語る、「僕」と家族の物語。

人が生まれたその瞬間から丁寧に(特に幼年期が)書かれていることで、後半の怒涛の展開にも気持ち良く乗ることができた。

良識があって控えめな性格、というか消極的で決断力なし。

周囲の環境から強い影響を受けて育った語り手の、観察者としての視点。

父は、母は、姉は、いったいどのような人間なのか?

語ることによって浮かび上がってくるもの。

ストーリーを牽引するエキセントリック(で癇癪持ち)な姉の存在。マイノリティであろうとする彼女の言動が、「僕」にとってのミステリーであり、呪いでもある。

読み進めていくうちに、家族の印象が少しづつ変わっていく過程がとても興味深い。

感情移入と共感だけでなく、登場人物に嫌悪感を抱くこともあり、時に残酷。読み手を強く揺さぶるものがある。

やさしい父の清貧への傾倒、可憐な母の幸福論、不美人な姉の宗教的放浪。

そして美男子の僕。

物語の後半にやってくる、喜劇と悲劇の入り混じった、まるで物語が裏返るような瞬間。

これはいったい誰の物語だったのか?

救われるべきは誰なのか?


時間や場所、移動ということも含めて、私は『サラバ!』という小説には「巡礼」という言葉がとても良く似合っていると思う。




『サラバ!』を読んで『ホテル・ニューハンプシャー』という小説を読んでみたくなったという読者がいたら、それはとてもに嬉しいことである。

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