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くちびるに歌を 中田永一

歌詞×ドキュメンタリー×小説

ずっと映画のノベライズだと思っていて、読まなくてもいいかなと思っていたけれど、作品の成り立ちというか、ややこしい経緯を知って逆に興味をひかれた。

個人的に企画ものは好みではないけれど、複数の顔を持つ小説家(私の知る限り、4つのペンネームで作風を使い分けている)乙一ならばと読んでみたけれど、これがとても素敵な小説で本当に読んで良かった。

物語の背景

2008年のNHK全国学校音楽コンクール、中学の部の課題曲として書き下ろされた、アンジェラ・アキの『手紙~拝啓 十五の君へ~』という楽曲。

それから、アンジェラ・アキと合唱コンクールに挑戦する中学生たちとの交流を描いたNHK制作のドキュメンタリー番組。

続編など数本作られた番組の一つである「拝啓 十五の君へ 若松島編」は、長崎県の五島列島に浮かぶ若松島の中学生たちを追ったドキュメンタリー。

そして、『手紙』という曲の歌詞と、この課題曲に取り組んだ島の中学校合唱部。これら2つをモチーフとして、しかも映画化を前提として書かれたフィクションが『くちびるに歌を』であるという、あまり聞いたことのないタイプの小説。


歌詞とリンクした小説のエピソード。

自分の頭の中で『手紙』のメロディが繰り返し再生される感覚。

音楽と詩の傍らで小説を読むという、ちょっと変わった楽しみ方ができる。

それから、歌詞にもドキュメンタリー番組にもなかった物語がある。

小説だけのオリジナルな展開

著者は雑誌のインタビューで、「小説では先生の視点が書けなかったという後悔があり、映画によって未完成だったものがようやく完成したようです」と語っていた。

けれど、先生の視点が書けなかったことで、結果的に小説を読んでいる読者がその視点を持つことになったような気がする。

だからこそ、物語がまっすぐ自分の中に届いたのかな?と思ったりした。


桑原サトルが、十五年後の自分に宛てて書いた手紙。

それを読んだ女子生徒が浮かべた表情。

後に読者にもその内容が明かされた時、自分も同じ表情を浮かべていることに気付く。それは感動とは少し違った、とてもリアルで静かな驚き。

わかりやすいテーマの小説に、この手紙をぶつけてくるのか!と、彼の手紙を読めただけでもこの小説を読んで良かったと思えたほど。

そして最後に仲村ナズナのエピソードを読んで、この物語はハッピーエンドでいいんだなと、とても温かい気持ちで充たされる。

彼らはまだ十五歳。これから想像もつかないような経験をしながら人生を歩んでいくのだろう。

どうか今の気持ちを忘れないでと、実在しない人物に思いを馳せてしまう。

そんな小説ってなかなか無いと思う。

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