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新世界より 貴志祐介

「私たちは、人間だ!」

この言葉が深く胸に刺さる。

人間の愚かさを客観的に提示しながら、すべての人間が当事者であるという事実も突きつけてくる、寓意に満ちた新世界。

純粋にして残酷。個人的には思春期の比喩としてのファンタジー、そんな読み方をしていたような気がする。

『新世界より』を読み終えて、久しぶりに読みたくなった漫画が大友克洋の『AKIRA』と、冨樫義博の『ハンター×ハンター(キメラ=アント編)』であることを、何となくあらすじ紹介にしたい気分である。

ネズミや虫が嫌いな人にはおすすめできないけれど……。

生物の進化と生態が重要なテーマとなっており、異国の動物図鑑を眺めているような楽しさがある。

ただ、そこに人間が含まれているのがこの小説の魅力、と言っても良いのだろうか……?

特殊な環境、特別な子供たち

進化の過程の暗黒時代を経て、人間が辿りついた平和と安定の時代。

昔の素朴な日本を思わせる風景。それでいて注連縄(しめなわ)に守られている特殊な環境、神栖(かみす)66町。

小説は主人公たちの成長にあわせた、三部構成といったところだろうか。大人たちに大切に守られながら、どこか恐れられてもいる存在の子供たち。十二歳の頃の回想から始まり、やがて彼らに訪れた祝霊という大きな転換期。

読み始めて手探りの状態から、人々が当然のように特殊な能力を使う世界に馴染んだ頃にやってくる、この世界の成り立ちという衝撃。

序盤から感じていた違和感の正体に、ページを繰る手が止まらなくなった。

「狂っている……。」そう主人公に言わしめた過去の人類の歴史と文明。

そんな彼らに対して、「君たちの世界も、なかなかのものだよ」と、読者の視点でひとこと言い返したくなる感覚。

小説を読みながら、現代の目線で比較し、立場を逆転させてみたり、自分なりの読み方や解釈ができる物語。

個人的には、語り手を含めて登場人物の誰にも深く感情移入することができなかったけれど、そのこと自体がメリットになり得る構造を持った世界観が素晴らしいと思った。



全体のページ数からすると、ほんの僅かと言えるエピローグのようなシーンでは、物語の終わりに向かって、余韻を味わう態勢に入り始めた読者をきっと唸らせるはず。

『新世界より』のような大長編では、小説が長ければ長いほどそのラストにおいて(ある意味その長さを否定するような)、どんでん返し種明かしといった要素は効果が薄れる印象があった。しかし『新世界より』はそのギリギリのラインを突いた、それまでに積み上げたものを崩さずに、すべてが腑に落ちる、そんな優れたミステリー。


ゾクゾクするような心理的な怖さを感じる小説でもあり、SF、ミステリー、ファンタジーといったジャンル分けのできない、とにかく夢中になってしまう面白い小説であった。

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