戦後の復興期を支えた石炭産業
石炭のために人が集まってできた町は、交代制の炭鉱夫に合わせて二十四時間眠らない。
死の危険がある過酷な労働、故に男たちは呑む、打つ、買う。活気があって、荒々しく、猥雑。そこに家庭というものが加わることによって生まれる生活の臭い。オッチャン、オバチャンたちの間を子供たちが走り回る。狭い町に信じられないような人口密度。繁華街は不夜城となり、映画館が立ち並び、路面電車すら走っていた。
社宅単位で学校の分校や病院まであったと言うのだから驚きである。
日本最大の炭鉱だった三井三池炭鉱。
炭鉱のある福岡県大牟田市に生まれた一人の警察官が、時代別の四部構成で四つの事件と一つの未解決事件を追う。
何と言っても社会と時代の背景が丸ごと書かれていること。エネルギー源の主体が石炭から石油へと移行。斜陽産業となって衰退が続き、そして閉山、その後にいたるまで。
町の歴史を書くとそこに暮らす人間が浮かび上がってくるし、人々を書くといつの間にか主役は炭鉱町そのものであるような気がしてくる。
ネガティブなことも全部書いているので、やりきれない思いや、後味の悪さも残る。そして郷愁や感動。すべてひっくるめた上での充足感こそ、長編小説の醍醐味だと思う。
個人的に心をひかれたのは、それぞれの事件のハイライトが少しずれたところにあって、普通のミステリーとは違う読み心地があること。というか、事件そのものが書きたいわけではない、そんな印象すら受ける。警察小説っぽい雰囲気もあるのだけれど、根っこのところにある動機に迫ると文学的にならざるを得ないというか、なんというか……。
小説では昭和四十九年以前の重大事件が続いた激動の時代をリアルタイムとしては書かず、少年時代の記憶と絡めて語られる。
町の人々による回想と証言。幼馴染との思い出。主人公は過去へ過去へと、何度も呼び戻され、引きずられるようにして帰っていく。
事件を通して炭鉱町ならではの特殊な事情をあぶりだす、泥臭い捜査の過程。『地の底のヤマ』では炭塵爆発や労働争議、大きな問題が小さな個人に与える影響が細かく書かれている。影響というかあらゆる意味での後遺症について。
町の人々の分断。差別、格差、しがらみや因縁、愛情と憎しみ。
微妙に一線を越えてしまった人々は、時代と場所が違えば普通の人間だったかもしれない。
「あぁ帰りたかなぁ、あの頃に」
そんなセリフが身に染みる。
人口が減り、商店街が寂れてショッピングモールができる。人の流れが変わり街並みも変わっていく。日本中のどこでも見られるこの光景には、多くの人が何かしら思う所があるのではないだろうか。
未曾有の好景気、低迷、そして現在。
これはなにも炭鉱(ヤマ)に限った話でもない。
その象徴、縮図としても読むこともできる、町の歴史と記憶の詰まった大河小説。
『地の底のヤマ』が気に入ったという人に個人的におすすめしたい小説は、
佐々木譲の『警官の血』かな。