ミステリー?サイコスリラー?それとも……。
本間ミチルが視力の異変を最初に感じたのは、三年前、病院の待合室でのことだった。
こんな一行から始まる物語は、その1ページ目で読者は主人公が視力を失ったことを知らされる。
しかし、ミチルは意外なほど淡々とその事実を受け入れ、悲観することもなく、住み慣れた古い一軒家で暮らし続ける。
ほとんど誰とも接することなく、孤独に同じ一日を何度も繰り返す生活。
私は最初そのことを不思議に思った。違和感と言った方が良いかもしれない。そんなことがあるだろうか?そんなことに人は耐えられるだろうか?と。
しかし、徐々にその理由というか、彼女の内面が見えてくることによって自然と受け入れることができたような気がする。
誰にも心を乱されることのない穏やかな生活。
包まれるような暖かさを感じる暗闇。
自分を守ってくれる殻としての家。
そして、その家でもう一人の主人公である大石アキヒロと出会うわけだけれど、きっかけ、交流そのすべてが「普通じゃない」というところが、この『暗いところで待ち合わせ』という小説の大きな特徴である。
はたから見るとあり得ない設定と展開のストーリー。
ではどうやってリアリティを獲得しているのか考えてみると、実はミチルが持っている視覚障害というハンディキャップが要因というよりも、人付き合いが苦手な二人が持っている繊細さ、感じている生きづらさ、その心の隙間を書くことによって成立したリアルと言えるような気がする。
どちらが見られている側なのか?
ミチルとアキヒロのパートが交互に語られることで、見える、見えない、というところから、やがて音や空気や気配、見られているという感覚を通してものを見る、そんなところまで。
見ている、見られているの関係によって立体的に浮かび上がる、二人の奇妙な距離感。
そこに中立の立場から全体を見ている私たち(読者)の視点が加わると、そもそも見られているのは彼女なのか彼なのか?なんだか曖昧になっていくのが興味深い。
ミステリーとして事件の真相が気になりつつも、個人的には二人は自分の殻を破ることができるのだろうか?そっちの方にドキドキしながら見守っていた、というのが正直なところである。
まさに文字通りの、暗黙の了解が成立した瞬間の美しさ。
特殊なシチュエーションがもたらした静かすぎる交流。
会話もせず、見つめ合うことも触れ合うこともなく、心だけが近づいていく(ように見える)。
そんなことが可能なのか?
そう思った人は本書を読んで確かめてみて欲しい。
やさしい乙一が好きな人へのおすすめは、中田永一『くちびるに歌を』
怖い乙一が好きな人へは、山白朝子『エムブリヲ奇譚』がおすすめです。