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エムブリヲ奇譚 山白朝子

山を登っているのに、辿り着いたのは海

まっすぐな一本道ですら道に迷う男、和泉蠟庵。

戦の世が終わり、街道が整備されたことによって、旅というものが庶民にも身近になり始めた頃。

現代ならば、旅行/温泉ライターとでも名乗るのだろうか?

旅案内の本を書いて生計を立てる和泉蠟庵(いずみろうあん)と、彼の付き人というか、荷物持ちの耳彦(みみひこ)。

奇妙な迷い癖を持つ和泉蠟庵が、旅の途中で不可解な場所に迷い込んでしまい、まわりの者が災難に見舞われる(ほとんどが耳彦)というパターンの連作短編集。

『幽』という怪談専門誌に掲載されたということだが、怖いだけではなくバラエティに富んだ内容になっている。

全体的に切なくて不思議(で不気味)な印象の物語が多かった気がする。

特にいちばんのお気に入りである『ラピスラズリ幻想』という短編は、そのタイトル通りに、美しくお伽噺のような雰囲気があって、結末も秀逸。

次の短編に行く前に、一度本を閉じて余韻に浸りたくなる素敵な作品であった。

二人が巻き込まれる事件と怪異

蠟庵先生は絶妙な立ち位置にいて、クールでカッコいいのだが、神懸かった方向音痴という以外これといって活躍をするわけでもなく……。(そこがまた良いところなのである)

結局、耳彦はトラブルを自力で何とかするしかないのだけれど、当然、彼に何とかできるだけの能力も気概も無いので、とことん状況に流され、振り回されてしまう。

そこが、恐怖を引き立てる彼の腕の見せ所であり、この小説の醍醐味(と言っても良いのだろうか?)。

怠惰で意思が弱く、臆病。まぁ、我々の代表ということである。

たまに同情したり、ちょっぴり見直してみたり、なかなかの愛されキャラクター、と言えないこともない。


この短編集が持っている何とも言えない雰囲気は、ちょっと説明しづらく。個人的には、子供の頃にテレビで見た『まんが日本昔ばなし』(だったと思う)でごく稀に放送された、小さな子供には意味がよくわからない上に救いも感じられない、というトラウマ回を思い出す、と言えば伝わるのか伝わらないのか……。


続編の『私のサイクロプス』では、『ラピスラズリ幻想』の登場人物である輪(りん)が新たなメンバーとして仲間入りしているという嬉しい展開もある。

蠟庵先生の出生の秘密も気になるので、和泉蠟庵シリーズと呼ばれるくらい長く続いて欲しいと思う。

単行本、文庫本、どちらもイラストが美しく、特に単行本は装幀も素晴らしいので、ずっと手元に置いておきたい小説である。

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