最高傑作の誕生
個人的には舞城王太郎の最高傑作だと思っている。
もちろんこの先も期待しているけど、現時点では間違いなくベスト。
私がこれまでに読んできた小説の中で、こんなにも恐怖を感じ、心の底から震え上がったことは、いまだかつてない。
しかしながら、『淵の王』をホラー小説だと言われると、なんだかとても違和感がある。
では文学作品か?と問われると、それもまたピンとこない。
結局、独特の世界観とか、舞城王太郎的と言ってしまえばそれまでなんだけど、それでは好きな人しか読まないし……。
この小説は舞城王太郎ファンが、舞城王太郎を読んだことのない人間や、以前読んでみたけどイマイチだった……、初期の頃は好きだった……。そんな人々に熱烈にオススメしたくなる小説なのである。
読みやすさに加えて、個人的に舞城作品の醍醐味だと思っている、「えっ?」と声が出てしまうような予想外のストーリー展開は今作も健在。
いろんなものを削ぎ落としているのに大事なところはすべて残っている、とでも言えば良いのか?
シンプルなスタイルで、登場人物にも感情移入しやすい。非現実的な話なのに、何故か感覚で理解できてしまう。
もしかして他人事ではないのでは?そんな気分にさせられる。
恐怖、勇気、そして愛。
一応、長編小説だけれど、3つのストーリーからなる連作と言ったほうが近いだろうか?
しかし、複数のストーリーが少しずつ交わっていき、最後に見事に収束するというタイプでもない。
良質な連作短編などに見られる、もう一つの強みとも言える側面。それは、それぞれのストーリーと登場人物が、つながらない(つながれない)ことによって、逆に共通点が際立つということ。
ゆっくりと、じわじわと、何かが浮かび上がってくる。
私がこの小説に強く惹かれた一番の理由は、奇妙な視点の不思議な語り手。
登場人物にそっと寄り添うような優しい視点であり、一歩引いた視点でもある。この語り手の強い存在感が、読者の感情移入や共感に効果的な役割を果しているのではないだろうか?
(この語り手については、いろいろな解釈があるようで……。)
『淵の王』で書かれている(あるいは書かれない)、得体の知れない何か。それは私たちが暮らす現実の世界において、いつか何処かで出会い、すれ違ってきている何かであるような気がする。
存在というか現象というか、その場の空気とでも言えばいいのか……。実はとても身近なものであることは間違いないと思う。
そんな、明確にとらえることの出来ない悪意のようなものに対して、私たちの代わりに立ち向かってくれているのではないか?
この物語を読んで、そんなことを考えてしまった。
なんだか怖さばかりを強調してしまったけれど、『淵の王』はストレートに愛と勇気について書かれた小説でもあり、私はとても感動した。