文庫版では全5巻にもなる大長編。
名前を覚えることで手一杯だった第1巻(とにかく登場人物が多い!)。第2巻以降、せっかく覚えたのに次々と退場していく人々。しかし、覚えたことも無駄ではなかった驚くべき展開。結果、あっという間に読み終えてしまった。
舞台は樅(もみ)の木に囲まれた山あいの村、外場(そとば)。
小説は、私が持っていた樅の木のイメージ(クリスマスっぽい)を変える序章から始まる。
村は死によって包囲されている。
外場という名前の由来は、先祖供養のための卒塔婆(そとば)。
元々、樅の木を育てて卒塔婆や棺を作るのを生業としていたことからくる。
村では墓石の代わりに角卒塔婆を立てる。人々はそれぞれ山に墓地を持ち、三十三回忌をもって卒塔婆を倒し、代わりに樅の木を植える。そうして死者は山に還る。
(おそらく、この木はのちに作中に登場する、あるものにも加工されるのかと……。)
山間部における地理的な孤立と、時代錯誤な村の風習。
振り返ってみると、この村でなくてはならない理由は最初から提示されていたわけだ。
人口わずか1300人。村で暮らす人間の多くが知り合い。または顔見知り(もしくは親類)。結束の強い地縁社会ならではの人間関係と情報網(というか噂話)。
そんな田舎に移築されてきた洋館。
真夜中の引っ越しをきっかけに、人々が感じはじめる違和感。
些細な出来事から、ゆっくりと事態は進行していく。
『屍鬼』の魅力はやはり、長編だからこそ扱える多くの登場人物と、その個々人に対する細かな描写だと思う。ゆえに人々が村から去っていった時の唐突な喪失感。この脇役たちのエピソードは、物語が反転したとき確実に効いてくる。
いったい誰が活躍するのか?なかなか予測のできない群像劇である。
特に重要な役割を果たすことになる寺の跡取りと病院の二代目。幼なじみである二人の男の対比は見逃せない。
信仰に対する確固たる信念を持ちながら、肝心の神を見いだせない僧侶。患者に不謹慎な軽口を叩く、クールで有能な医師。
人を救いたいという同じ考えを持ちながら、微妙に食い違う死生観。
それぞれが辿り着いた結論。
よくよく考えてみると、意外な展開なのだけれど、ごく自然に進行するのでいつの間にか受け入れている。というか気付いた時にはもう手遅れ。
曖昧になっていく境界線。あちら側に行って救いが無いのであれば、そこはただの地獄である。
善悪の狭間で苦しむ者がいる一方で、解放される者もいる。
そうして待ちに待った反撃の狼煙が上がると、カタルシスと同時にやってくる不思議な感情。
いったい誰が正しいのだろうか?と強く揺さぶられることになる。
ジャンルものと言えば、まぁそうなんだけれど。ラストに一歩進んだ仮説を立ててみせたことには驚かされた。見事な和洋折衷の怪異譚に仕上がっているが、個人的にはホラーというよりサスペンスの印象が強い。いずれにせよ傑作である。