これは未来の物語であると同時に、過去の物語でもある。
そして、いつ読んだとしても現在に通じるところのある小説ではないだろうか?
まるでスウィフトの『ガリヴァー旅行記』や、イスラム世界の説話集『アラビアンナイト』のような、驚きに満ちたその世界。
旅、異国の風景、民族、文化、風習。
『旅のラゴス』で書かれている、寓話の中にある教訓と戒め。そこにSF的アイディアが加わったことで、抜群におもしろい小説に仕上がっている。
人間が持ち合わせている善良さと残酷さ。
何百年たっても変わらない普遍的なもの。
高度な文化と社会、文明とはいったい何なのだろう?
そんなことを考えてしまった。
想像力は緊張の中からは生まれない。
想像力は固定してしまってはいけないのだ。
この物語を読み始めてすぐに、この素敵な言葉と出合うことになる。
想像力が必要とされる、集団転移を行う際のラゴスの言葉。
読者に対するメーセージとしても受けとれて、この物語に身を委ねてみようとワクワクした気持ちにさせてくれる。
一つひとつの短いエピソードが深く心に残る
ひとの心の中が見えてしまう男。
こうでありたかった理想の自分を描いてくれる似顔絵描き。
壁をすり抜ける大道芸人。
人間テープレコーダー。
世界中を旅して様々な人との出会いと別れを繰り返す。推理をするラゴス。奴隷狩りに遭うラゴス。二千年ぶりにコーヒーを淹れた人間となったラゴス。
ラゴスというキャラクターは高度な知識を持ち、クールで魅力的ではあるけれど、学究の徒であり探求心と好奇心があるがゆえに、人間が過去に犯してきた愚かな歴史や残酷さを引き寄せてしまうようなところがある。
人間のやることなど、結局いつの時代も変わらない。
愛すべきキャラクターというだけではないラゴスを通して、人類に対するシニカルな視線も感じる。
科学の進歩によって、人々が思い描いていた未来が実現し、分野によっては予想を遥かに超えた技術を手にした現代。今後、行くところまで行った末にたどり着く場所が『旅のラゴス』で描かれているような世界であるならば、個人的には納得してしまうだろう。何といっても我々が招いた結果なのだから……。
晩年のラゴスのオーバーテクノロジーに対する態度と、自由を求める欲求。
最後の旅に出発するラゴスに暖かな希望を持てたのは、小説を読みながら彼と一緒に旅をしてきたのだと感じることが出来たからだと思う。
『旅のラゴス』は1986年出版だけれど、近年また再評価されているのも頷ける、30年以上経っても色褪せることのない優れた作品である。