異世界、後宮、そしてミステリー
ファンタジーというジャンルはとても幅広く、その境界は曖昧。特にこれといった決まりごとも無く、定義の難しいものである。
そこに、【東洋】や【和製】などの言葉が付け加えられると、範囲が狭まったのか?広がったのか?よくわからなくなる……。
なので私はファンタジーを何でもありの物語、とシンプルに理解している。
そこはとても自由な世界であると。
だからこそ、重要になってくるのは物語の決まりごと、ルール作りではないかとも考えている。
時代設定、国家や政治や宗教など、どこまで現実の世界を反映させるのか?そもそも魔法はアリかナシか?
白紙の状態からスタートして、そこからある意味、不自由なルールを次々と決めて、細部を作り込んでいくことによってリアリティーを獲得し、結果として読者に広い世界を感じさせる。
何だか矛盾するようだけれど、そこが作家の腕の見せ所ではないだろうか?
そして『烏に単は似合わない』という小説は、作者が存分にその力を発揮して、一つの世界を作り上げてみせた傑作である。
八咫烏が支配する世界
山神さまが開き、金烏(きんう)が治める豊かな地、山内(やまうち)。
東西南北、それぞれに土地を与えられた金烏の子孫たち。
東家、西家、南家、北家の四家四領と、中央の宗家。
『烏に単は似合わない』では、東西南北、春夏秋冬、色彩や季節ごとの行事が、とても効果的な役割を果している。
貴族の名門、四家からやってくる美しい姫たちの中から、皇太子が一年かけて妻を選ぶ行事、登殿(とうでん)。
それは四家の子女が若宮にふさわしい女性になるために、親交を深め、己を磨く、という名目ながら、実際のところは四家の代理戦争。
それぞれの家の思惑を秘めた主導権争い。ひとつの事実が明らかになるたびに、姫たちの印象がガラッと入れ替わっていくのが楽しい。
東家から送られてきた、世間知らずで純真無垢な姫「あけびの君」が、四家の内情、派閥や利害関係などを少しづつ理解していくという流れが、読者への説明にもなっており、スムーズに物語に入り込むことができる。
終盤に用意された謎解きの時間
個人的にすごいと思ったのは、ミステリーとしての切れ味の鋭さである。
身もフタもない痛快さと、「そっちか!」という驚き。
小説のジャンルそのものを逆手に取ったような巧みな展開。
ようやく理解した違和感の正体、それを確認するためにもう一度読み直したくなる。
ファンタジーで創造し、ミステリーで破壊する。
自ら作り上げた世界観を壊しかねないギリギリのところまで攻めた展開は、ミステリー作家としての資質か?はたまたジャンルに縛られない作家としての個性か?
いずれにせよ新作が楽しみな作家がまたひとり増えてしまった。
この小説が気に入ったら必ず読むであろう、シリーズの第二弾『烏は主を選ばない』
元々は『烏に単は似合わない』と合わせて一つの物語であったということなので、後付けではない骨太のストーリー展開が待っている。
同時刻、男たちはいったい何をしていたのか?という、全体像が見えてくるワクワク感が味わえる。