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聖の青春 大崎善生

『聖(さとし)の青春』

この本のことを知ってから実際に手に取って読み始めるまでには、実は何年もかかった。

その理由は、読む前から結末がわかっていた。これに尽きる。

普段小説しか読まないので、ノンフィクションで結末がわかっていると、わたしは相当に腰が重いタイプである。

しかも、レビューや書店などで、難病や感動というキーワードが使われていたので、尻込みしてしまい、なかなか手を出すことができなかった。

実際に本書を開いてみても、わずか数ページ。

プロローグの中で早くも結末に触れられている。

平成10年8月8日、一人の棋士が死んだ。
村山聖、29歳。
将棋界の最高峰であるA級に在籍したままの死であった。


個人的に、病気や死が前面にでている本はつらいので読みたくない。【余命が何年】とかいうタイプの小説もタイトルの時点でまず読まない。それが実話であれば、ますます読まない。

しかし、周囲の本好きたちが強くおすすめしてくるので、仕方なく読んでみた。

そうしたら、すごかった……。

そして読むたびに、何か目に見えない力のようなものを受け取っている。

言い訳ばかりしてないか?恥ずかしがっていないか?正直に生きているか?

そんな自問をするために、定期的に読み返しているような気がする。

自問の結果はあまり芳しくないけれど、わたしにはとっては、ビジネス書や自己啓発書よりも、『聖の青春』の方が効果がある。どのような?と聞かれたら困るけれど、とりあえず背筋は伸びる。

将棋にすべてを捧げた人生

難病を背負ったのが運命というのならば、病床で将棋に出合ったのもまた運命。そして、師匠である森信雄と出会ったことも。

風呂が嫌いで、なるべく歯も磨きたくない。兄弟か?と思ってしまうくらいよく似た師匠と弟子。

真剣、かつユーモラスな師弟関係。

年齢や立場を超えてお互いに影響を与え合う、その心のつながりに胸を打たれる。

生きているから……。爪も切りたくないし、虫も殺したくない。

そんな純粋さ。

それと矛盾するような、勝ちに対する強い執着心。

自分には時間が無い。その気持ちが、己の全てをさらけ出す生き方につながり、結果、人の何倍も濃密な時間を過ごしていたのかもしれない。

ページを繰るたびに、死という結末に向かっている。それでも、成長する姿、強くなる姿をみていると、物語を先へ先へと進めたくなってしまう。

悲しくなるのがわかっていたとしても、もう本を閉じることはできない。

そんな力のある作品だと思う。


読む前に予想していた通りの壮絶な人生、闘病生活であった。しかし同時に、わたしが思っていた以上に聖がタイトル通りに青春を謳歌していたこともわかって、そのことがメチャクチャ嬉しかった。

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