カナダの作家、アリステア・マクラウドの短編集
多くの人々が、一日の半分近くの時間を労働に費やしている。
中にはそれ以上の時間を、という人もいるのかもしれない。
冷静になって考えてみると、恐ろしいことに、人生の大部分は仕事をして過ごしているという事になってしまう。
私は時々、この事実を思い出して、何だかすごく不安になる。
この小説には感動とは少し違った、でも何だか泣きたくなるような余韻がある。
肉体労働に対する共感と、あきらめにも似た無力感。
家族への愛情。それぞれの世代による価値観の違い。
失われていくものに対する冷静なまなざし。
時代を経ても色褪せることのない、普遍的な力を持った物語だと思う。
完成されたスタイル。書くべきテーマ。
生涯で長編小説を一冊と、短編を十六篇しか発表しなかった極端に寡作な小説家、アリステア・マクラウド。
発表年代順に収録されているこの短編集の、最初に収められている『船』という作品に、すべての短編にも通じるスタイルを見てとることができる。
カナダのケープ・ブレトン島の自然。
質素な生活と過酷な労働があり、愛すべき家族がいる。
子供に別の道を歩んでほしい父親。夫と同じ道を辿ってほしい母親。その場所にとどまりたい子供と、そこから抜け出したい子供。両親に対する尊敬と複雑な想い。
舞台となる場所や、登場人物の立ち位置の変更など、多少のバリエーションはあるが物語の核となるものはどれも共通しており、連作短編というわけではないけれど統一感がある。
執筆のペースが遅かった作者には、書くべきテーマはひとつで十分だったのかもしれない。
アリステア・マクラウド唯一の長編小説である『彼方なる歌に耳を澄ませよ』を読むと、これらの短編がすべて長編小説の素材というか、スケッチ的な印象を受ける。まぁスケッチと呼ぶには、あまりに完成度が高すぎるのだけれど……。
そしてこの長編小説を読むと、また短編に戻ってきたくなるという不思議な魅力がある。
美しい自然や質素な生活をただ肯定するのでなく、そこには貧しさに対するはっきりとした嫌悪感がある。ここではない別の場所への憧れ、というかここから出ていかなければという焦燥感。
しかし、それでもそこに戻りたいと思ってしまう、矛盾するような郷愁があることによって、古き良きものをただ描写しただけでは、決して味わうことの出来ない感情を読者に与えてくれる。
いつも静かだったら、静けさとは何かわからないだろう
個人的なお気に入りは『広大な闇』という短編小説。
これは、狭い家に大家族で暮らしている若者の言葉。
十八歳を迎えた主人公 。今日この家を、この町を出ていく若者の一日を描く物語。
どこであれ、ここよりはマシであろう場所を求めて旅立った主人公が、物語の終わりに向かった先とは……。